大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)521号 判決 1987年11月26日

上告人

橋和良

右訴訟代理人弁護士

正木孝明

桜井健雄

被上告人

マキタ住宅建設株式会社破産管財人

平岡建樹

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人正木孝明、同桜井健雄の上告理由について

一原審の確定した事実関係は、(1) 上告人は、昭和五六年七月二二日マキタ住宅建設株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、上告人が訴外会社に対し、報酬総額二一〇〇万円で第一審判決別紙物件目録記載の土地に一階鉄骨造、二階木造の事務所併用住宅の建築を請け負わせる旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した、(2) 上告人は、後記破産宣告前に訴外会社に対し、請負報酬の内金として合計一六〇〇万円を支払つた、(3) 訴外会社は昭和五七年二月三日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された、(4) 右破産宣告当時、訴外会社及び上告人の双方がいまだ共に本件契約の履行を完了していなかつた、(5) 上告人は、被上告人に対し、破産法(以下「法」という。)五九条二項に基づき、同月二二日ころ到達の書面で、本件契約の解除をするか、又はその履行を請求するかを確答すべき旨の催告をした、というのである。

二右事実関係のもとにおいて、原審は、請負人が破産宣告を受けた場合において、請負契約の内容が請負人の個人的な労務の提供を内容とするときには、労務を提供することそれ自体は破産財団の管理又は処分に属しないことであつて破産財団とは無関係であるから、法五九条の適用がないと解することは実質的にも相当であるし、また、請負契約が代替的債務を内容とするときにも、法六四条により破産財団の介入による請負工事完成の方法が講じられており、かつ、その適正な運用により妥当な解決がされるものと解すべきであるから、法五九条の適用を認める実質的な理由に乏しく、本件契約の注文者たる上告人が同条二項の規定による確答催告権を有するとの上告人の主張は採用しがたい旨判示し、法六〇条二項の財団債権として、支払ずみの請負報酬の内金一六〇〇万円から工事出来高分を差し引いた残額の支払を求める上告人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないとし、これを棄却すべきものとしている。

三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

法五九条は、請負人が破産宣告を受けた場合であつても、当該請負契約の目的である仕事が破産者以外の者において完成することのできない性質のものであるため、破産管財人において破産者の債務の履行を選択する余地のないときでない限り、右契約について適用されるものと解するのが相当である。けだし、同条は、双務契約における双方の債務が、法律上及び経済上相互に関連性をもち、原則として互いに担保視しあつているものであることにかんがみ、双方未履行の双務契約の当事者の一方が破産した場合に、法六〇条と相まつて、破産管財人に右契約の解除をするか又は相手方の債務の履行を請求するかの選択権を認めることにより破産財団の利益を守ると同時に、破産管財人のした選択に対応した相手方の保護を図る趣旨の双務契約に関する通則であるところ、請負人が破産宣告を受けた場合に、請負契約につき法五九条の適用を除外する旨の規定がないうえ、当該請負契約の目的である仕事の性質上破産管財人が破産者の債務の履行を選択する余地のないときでない限り、同条の適用を除外すべき実質的な理由もないからである。原判決が説示するように、同条の適用のない請負契約について法六四条を適用することができ、その適正な運用によりある程度妥当な解決を図ることが可能であるとしても、破産財団の都合等により請負契約の目的である仕事を完成することができないときには、注文者の保護に欠けるところが大きいので、右のことをもつて法五九条の適用を否定する根拠とすることはできないというべきである。

そうすると、本件契約の目的である仕事が破産者以外の者において完成することのできない性質のものであるため、破産管財人において破産者の債務の履行を選択する余地のないものでない限り、本件契約については法五九条が適用され、本件契約が解除されたものとされる場合には、上告人は支払ずみの請負報酬の内金から工事出来高分を控除した残額について、法六〇条二項に基づき財団債権としてその返還を求めることができるものというべきである。したがつて、右の点について認定判断することなく、法五九条が本件契約に適用されないとして上告人の本訴請求を棄却すべきものとした原判決は、法令の解釈適用を誤りひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大内恒夫 裁判官角田禮次郎 裁判官髙島益郎 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖)

上告代理人正木孝明、同桜井健雄の上告理由

原判決は、破産法第五九条の解釈を誤つたものであり、「判決に影響ヲ及ボスコト明ラカナル法令ノ違背アルコト」が明らかであり、破棄を免れない。

一 原判決は請負人破産の場合について、破産管財人において請負人の破産を請負契約解除の理由とする必要に乏しいとしたうえで、請負契約について破産法第五九条の適用を認める実質的な理由は乏しいとし、上告人の本訴請求を斥けているのである。

二 ところで、一般的に破産者が破産宣告以前に第三者と双務契約を締結し、その双方が未履行の状態にある場合には、破産宣告により、右双務契約が当然に解消されるものでないことは自明のことである。双務契約が破産宣告によりいかなる影響を受けるかについて、破産法は五九条により立法的な解決を与えているのである。そして同条は、破産宣告時に当事者双方が、未履行の場合の双務契約についての原則を定めた規定であり、契約類型から考えて、そもそも同条の適用が問題とならない場合にのみ、同条の適用が排除されると考えるべきである。

三 請負人破産の場合に、請負人の義務が雇用契約の場合と同様な請負人個人の労務の提供を内容とする場合と、そうでない場合とを区別して考える必要があるという学説の立場は、双務契約が破産管財人に引き継がれるものであるか否かと言う点から破産法五九条が適用されない範囲を限定していこうと言うものであり、その立場は充分に肯定しうるところである。

すなわち、請負人の義務が請負人個人の労務の提供を目的とする場合には、雇用契約における被雇用者の破産の場合と同じく、請負関係は個人的関係に過ぎず、この関係はその性質上から管財人に引継がれることがなく、破産外において破産者たる請負人と注文者との間で請負契約が存続し、その履行が行われるにすぎない。なお、その場合においても管財人が破産法第六四条により介入権を行使しうるのである。

ところで、請負人の義務が個人的労務でない場合には、双務契約の原則規定たる破産法第五九条に従い、管財人が処理することになるのである。管財人は他の双務契約同様、請負契約を継続することが財団の利益となつている事実を完成することになり、不利益と考えれば同法一項により契約を解除することになるのである。そしてかかる場合に、注文者は不安定な立場に立つので、そのために同条二項の催告権を有すると考えるべきである。

原判決は介入権が定められているので、破産法五九条の適用を認める理由に乏しいとして、確答催告権の存するとの上告人の主張は採用し難いとしているのである。ところで原判決が右のような判示をなしたのは、請負人破産により管財人に引き継がれず、従つて管財人としては契約を解除する必要がないと考えているからに他ならないのであるが、右の前提が誤つていることはすでに述べたところより明らかである。

四 以上の通り、請負契約について破産は五九条の適用がないとした原判決は法例の解釈を誤つたものであり、破棄を免れないと思料する次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例